パーキンソン病の母を婦人科に連れて行った息子の話|男性介護者が直面する「視線」という壁と1年かけて見つけた解決策

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婦人科への付き添い——それが一番つらかった

介護をしていると、さまざまな壁にぶつかります。体力的な限界、時間のなさ、経済的な負担……。でも私が母の介護のなかで「一番つらかったこと」を一つ挙げるとすれば、それは婦人科への通院付き添いでした。

付き添いを終えて家に帰ると、どっと気分が落ち込む。涙が出ることもありました。それほどまでに、心に堪えた経験でした。

骨折をきっかけに、一人通院が難しくなった

母はもともと元気なころ、婦人科へも一人で通っていました。しかし大腿骨骨折と背骨の圧迫骨折を経験したことで歩行能力が大きく低下し、一人での通院が難しくなったため、私が付き添うようになりました。その数年後にはパーキンソン病も発症し、歩行はさらに不安定な状態が続いています。

なぜ婦人科への付き添いがつらいのか

つらさの正体は、他の患者さんからの「視線」です。

男性が婦人科のクリニックに入っていく。それだけで、待合室の空気が変わるのがわかります。

「なんでこの人ここにいるの?」
「おばあちゃんを連れてきてるけど、何の関係?」
「なんか怪しい……」
「大変そう、かわいそう……」

言葉にはされません。でも視線と表情が、そのすべてを語っていました。

男性である私は、婦人科という空間において明らかに異質な存在なのです。頭ではわかっていても、実際にその場に立つと、息が詰まるような感覚を覚えます。一秒でも早くその場を離れたい——毎回そう思いながら、椅子に座っていました。

クリニック探しから始まった苦労

最初は母がそれまで通っていたクリニックへの付き添いを試みました。しかしそのクリニックはビルの2階にあり、しかも急な階段しかない造り。足元が不安定な母には、到底通えない環境でした。

インターネットで検索し、歩行器でも入りやすい個人クリニックをやっと見つけました。しかしそこで直面したのが、冒頭でお話しした「視線の壁」でした。

4回通ったところで、私の心は折れました。

ある日の帰り道、母を助手席に乗せて車を走らせていると、不意に涙がこぼれてきました。母には気づかれないよう、前を向いたまま。

「この通院が、ずっと続くのか——」

終わりの見えないプレッシャーが、その瞬間に一気に押し寄せてきました。誰かに話せるわけでもない。弱音を吐ける場所もない。ただ涙だけが、静かに流れていきました。

「民間の通院同行サービス」という選択肢

調べていくうちに、民間の通院同行サービスという選択肢があることを知りました。介護者の代わりに、プロが病院へ付き添ってくれるサービスです。

ただし、費用がネックでした。1回の通院で1万円前後かかることも珍しくありません。毎月、あるいは数ヶ月に一度の通院のたびにこの費用がかかると、家計への負担は決して小さくない。

結局、「自分でやっていくしかない」という結論に至りました。母のために動き続けるしかない——そう自分に言い聞かせながら、もっと条件の良い病院を探す事にしました。

1年間かけて見つけた「答え」

それから約1年間、私は「通いやすくて、人目が気にならない病院」を探し続けました。

途中、大きな産婦人科に変えてみたこともあります。しかし根本的な悩みは解決しませんでした。さらに、新しい病院に変えるたびに母自身への精神的な負担も大きくなる。パーキンソン病の患者さんにとって、環境の変化はそれだけでストレスになることがあります。慣れ親しんだ場所や流れが変わることへの不安は、症状にも影響しかねません。何度も変えるわけにはいかない——そのプレッシャーを抱えながら探し続けました。

そしてようやく見つけたのが、総合病院の中にある婦人科でした。

婦人科の診察室の近くに、内科や整形外科など別の診療科も並んでいる。だから待合スペースには老若男女、さまざまな患者さんが座っています。男性介護者が高齢の母を連れて座っていても、誰も不思議には思わない。「視線」が気にならない環境が、そこにありました。

また総合病院はバリアフリー設備が整っていることが多く、パーキンソン病で歩行が不安定な母にとっても安心して移動できる環境だったことも、大きなメリットでした。

現在は、その総合病院に通い続けています。

この経験で気づいた「視線の怖さ」

今回の経験を通じて、人生で初めて強くこう思いました。

「娘に生まれていたら、こんなつらい思いをしなくて済んだのに」

性別という、自分では変えようのない事実に苦しむのは、不思議な感覚でした。

そして同時に気づいたのが、視線の持つ力の大きさです。

人は言葉を使わなくても、視線だけで他者にストレスを与えることができる。視線だけで、人の心を深く傷つけることができる。頭ではなんとなく知っていたことでしたが、今回ほどリアルに体感したことはありませんでした。

そして、もう一つの気づき。

自分自身も、誰かに無意識で「冷たい視線」を送ってきたのではないか。

日常の中で、少し変わった状況の人を見かけたとき、「大変そうだな」と思いながらただ視線を向けるだけで終わっていなかったか。その視線が、相手を傷つけていたかもしれない。そう思うと、胸が痛くなりました。

経験が変えた「行動」

私はよくバスを利用します。バスには高齢の方も多く乗っています。歩行器を使いながら乗り降りされる方、一歩間違えれば転倒してしまいそうな場面に遭遇することもありました。

以前の自分は「大変そうだな」と思いながら、視線を送るだけで終わっていました。

でも今は違います。気になる場面に出会ったら、すぐに席を立って声をかけたり、手を差し伸べたりできるようになりました。

小さな変化かもしれません。でも、こうして自然に動ける人が一人でも増えれば、お年寄りが暮らしやすい街や地域が少しずつ作られていくのではないかと思います。つらい経験が、自分を少しだけ成長させてくれました。

パーキンソン病の介護通院で悩んでいる方へ

同じように、パーキンソン病の親御さんの通院付き添いに苦しんでいる方がいるとすれば、ぜひこの言葉を届けたいです。

「完璧な病院はないかもしれない。でも、今より条件のいい病院は必ずある」

私は1年間かけて探し続けました。大きな産婦人科、個人クリニック、そして総合病院。試行錯誤の末に、今の環境にたどり着けました。

特にパーキンソン病の方の場合、以下のポイントで病院を探してみると良いかもしれません。

  • バリアフリー設備が整っているか(段差、スロープ、手すりなど)
  • 総合病院で他の診療科と同じフロアにあるか
  • 駐車場や送迎バスなど交通アクセスが良いか

「こんな病院、うちの近くにはない」と最初から諦めないでほしいのです。探し続ければ、きっと「もう少し通いやすい場所」が見つかるはずです。

そして、介護をしている方にもう一つお願いがあります。

必ず、自分自身を労る時間を作ってください。

介護の日々は時間に追われ続けます。パーキンソン病の介護は長期戦になることが多く、介護者自身が疲弊してしまうケースも少なくありません。自分を大切にすることは、相手を大切にすることでもあります。

まとめ

パーキンソン病の母を持つ息子が、婦人科への通院付き添いという、あまり語られることのない経験を綴りました。

「視線」という目に見えないプレッシャーと闘いながら、1年間かけて環境を整えてきました。つらい経験でしたが、人の痛みを肌で感じ、自ら動ける人間に少し近づけた気がしています。

同じような状況で悩んでいる方の、小さな道標になれれば幸いです。

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