介護が始まり、母の心がそっと閉じていった
母が介護状態になった頃、自分の状態を受け入れられず、少しずつ殻の中に閉じこもっていきました。
外に連れ出そうとしても動く気になれず、一日中家の中。リビングの窓から外を眺めながら「なんでこんな事になってしまったんだろう」とつぶやく日々。テレビのニュースで火事の映像が流れれば「一人きりのときに火事になったらどうしよう」。地震の報道を見れば「逃げられなかったらどうしよう」。母の心の中で、不安が少しずつ大きくなっていくのが、私にも痛いほど伝わってきました。
「今日、一睡もできなかった」
そしてある朝、母はこう言ったのです。 「今日、一睡もできなかった。なんでだろう」
その日から、眠れない夜が一週間続きました。目の下には濃い隈が広がり、言葉数が減り、顔色はみるみる悪くなっていく。
「自分自身が、おかしくなってる気がする」 「自分が壊れていくようで、怖い」
その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられました。これは一人で抱えていい話じゃない。そう思い、私は母を心療内科へ連れて行きました。
処方された睡眠薬と、思いがけない副作用
病院では100項目に及ぶ問診票を書き、診断の結果、睡眠薬が処方されました。
薬を飲んだ母は、確かに眠れるようになりました。でも、今度は別の苦しみが始まったのです。「毎晩、怖い夢を見る」――それが、その薬の副作用でした。
「眠れるのに、怖い夢を毎日見る。もう、この薬は飲みたくない」
そう訴える母の表情は、眠れなかった頃とはまた違う種類の疲れを帯びていました。飲まなければ眠れない、飲めば悪夢に苦しむ。――どちらも、母を救ってはくれないように見えました。
自分で原因を探し始めた夜
病院任せではだめだと感じた私は、夜な夜なネットで調べ、本を読みあさりました。母が寝静まったあと、ひとりでパソコンと向き合うその時間は、不安と希望が入り混じる不思議な夜でした。
そして少しずつ見えてきたのが、「太陽の光不足」と「自律神経の乱れ」のつながりでした。
日の光を浴びないと、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが分泌されない。セロトニンが不足すると、夜になっても睡眠ホルモン(メラトニン)がうまく作られず、体内時計が狂い、夜眠れなくなる――。
思い返せば、母は閉じこもるようになってから、一度もまともに日光を浴びていませんでした。自律神経が乱れれば、眠りだけでなく、生活のリズムそのものが崩れていく。これだ、と思いました。
昼のドライブという、小さな処方箋
次の日から、私は母を日中ドライブに連れ出すことにしました。たった30分。窓を開け、外の空気を吸ってもらい、目からたっぷり太陽の光を取り入れてもらう。それだけです。
最初の数日、母はあまり乗り気ではありませんでした。「寒いからいやだ」「疲れる」。それでも私は、ハンドルを握って助手席に母を乗せ、ゆっくり、ゆっくり走りました。
音楽を小さくかけながら、他愛のない話をする。信号待ちで街の声が聞こえる。そんな小さな積み重ねが、少しずつ母の表情を変えていきました。
一カ月ほど続けた、ある日。 母が、助手席でぽつりと言ったのです。
「今日、少し寝れたかも」
その一言に、どれほど救われたでしょう。心の底から嬉しかった。ハンドルを握ったまま、涙がこぼれそうになるのを、必死でこらえたのを覚えています。
お医者さんは尊い。でも、母のスペシャリストは私だった
今回のことで、私は大切なことを学びました。
お医者さんの診断が、すべてではない。もちろん、お医者さんは病気の専門家です。専門知識に助けられている場面も、数えきれないほどあります。感謝しかありません。
でも、母のことを一番よく知っているのは、毎日一緒にいる私です。この事実だけは、どんな名医にも負けない。
薬を処方してもらうだけで終わらせず、自分でも調べ、母の言葉にしっかり耳を傾ける。そうしてはじめて、本当の原因や、その人に合った方法が見えてくるのだと思います。
大切なのは、いろいろな視点で見つめること
介護で大切なのは、一つの視点に頼らないこと。
病気のことはお医者さんがスペシャリスト。けれど、母のことは私がスペシャリスト。客観的に観察し、母自身が納得できる方法を、一緒に探していく。
その積み重ねこそが、何よりの処方箋になるのだと、あのドライブが教えてくれました。
もし今、眠れない夜を過ごしている大切な人がそばにいるなら、薬に頼るその前に、明日、一緒に窓を開けて太陽の光を浴びてみてください。
それだけで劇的に何かが変わるわけではありません。でも、小さな一歩の積み重ねが、きっと心と体のリズムを、少しずつ取り戻してくれるはずです。

コメント