介護で浴槽をまたげない母が3年ぶりに湯船へ|手すりの位置とトレーニング

浴槽の縁に挟み込んで固定した介護用の浴槽手すり

「もう湯船は無理かもしれない」——圧迫骨折をきっかけに、母はシャワーだけの生活を3年間続けていました。

結論から言うと、膝を浴槽の縁に乗せる方法と、手すりを後方に付けることで跨げるようになりました

この記事では、実際に行った環境整備と、1ヶ月のトレーニング内容を、失敗も含めてすべて記録として残します。同じ悩みを抱えている方の参考になれば幸いです。

前提条件

項目
母の年齢75歳
要介護度要介護1
浴槽の縁の高さ45cm
母の膝の高さ(立位)40cm
状態圧迫骨折後、屋内は伝い歩き

膝の高さ40cmに対して、浴槽の縁は45cm。この5cmが、3年間越えられなかった壁です。

目次

1|お風呂が大好きだった母

母は昔から、お風呂が好きな人でした。

1時間は当たり前。そのうち30分は湯船の中。寒がりだから、冬はしっかり肩まで浸かって、じっくり温まる。子どもの頃、「肩まで浸かりなさい」と何度言われたか分かりません。

我が家にとって、お風呂は「体を洗う場所」ではなく「一日を終える場所」でした。

2|湯船をやめた日

圧迫骨折。

一人での歩行が難しくなり、少しずつ足も上がらなくなっていきました。

けれど、本当に母を湯船から遠ざけたのは、体ではなく恐怖心でした。

「また転んだら、次は病院生活が始まる」
「もっと体が動かなくなる」

その不安が、湯船の縁を、越えられない壁にしました。

以来、入浴はシャワーだけ。夏はいい。問題は冬です。脱衣所も浴室も十分に温めておかなければ、ヒートショックの危険がある。

そんな生活が、3年続きました。

3|なぜ訪問入浴を使わなかったのか

先に書いておきます。我が家は、訪問入浴を使っていません。

理由は単純で、母が嫌がったからです。

母はかなりの人見知りです。知らない人に体を見られる。触られる。それが苦手なようでした。

安全面だけを考えれば、訪問入浴が正解だったのかもしれません。プロが来て、専用の浴槽で、確実に入浴できる。実際、そういうご家庭はたくさんあります。

でも、本人が嫌がるサービスは続きません。

介護は、正しさだけでは回らない。本人が「それならいい」と思えるかどうかが、結局は一番大事だと思っています。

だから我が家は、自宅の湯船に入る道を選びました。それだけの話です。

※訪問入浴は、要介護度や状態によっては最も安全で確実な選択肢です。ご本人が受け入れられるなら、迷わず検討してください。ケアマネジャーに相談すれば手配できます。

自宅での介護をどう組み立てるかは、家庭ごとに事情が違います。介護保険のサービスだけでは足りない部分をどう補ったかは、[夜勤に行く前、親を一人にする不安。介護保険外サービスという選択肢] にも書きました。

4|きっかけは「冷蔵庫のような足」

介護のリズムを作ることに必死だった数年が過ぎ、このころになってようやく、少しだけ考える余裕が出てきました。

冬のある日、母の足に触れて驚きました。

冷蔵庫の中のように、冷たい。

そのとき思い出したのが、以前自分が体験した足湯でした。足だけ裸足になればいい。なにより、手軽に温められる。

大きめのバケツを買い、45度ほどのお湯を張って、リビングの椅子に座ったまま靴下を脱がせ、足を入れてもらいました。

※熱すぎると驚いて足を引いてしまいます。少しぬるいと感じるくらいで十分でした。

あの瞬間の顔を、今でも鮮明に覚えています。

湯船に浸かったときに誰もが漏らす、あの声。あの安堵した表情。それが、3年ぶりに母から出たのです。

そのあと、一言。

「気持ちいいね」

あの日から、我が家ではバケツを使った足湯が習慣になりました。

また、この一言で決めました。もう一度、湯船に入ってもらおう。

5|環境整備 ― まず「安全」を作る

まず、2つ測ってください。

  1. 浴槽の縁の高さ(床から)
  2. ご本人の膝の高さ(立った状態で、床から膝の皿の中央まで)

我が家は、45cmと40cm。差は5cmでした。

この差が大きいほど難易度は上がります。10cm以上あるようなら、無理をせず訪問入浴やデイサービスの入浴サービスを検討したほうが安全です。

そのうえで、トレーニングの前に、転倒リスクを消すことから始めました。

・浴槽内の滑り止めマット → 立位・着座時のスリップ防止
・浴槽横の手すり → 跨ぎ動作の支点確保

■滑り止めマット

浴槽内に敷いた介護用の滑り止めマット

浴槽の底に敷くだけです。ここが滑ると、すべての前提が崩れます。

■手すりは「ユクリア」を自分で取り付けました

使ったのは、パナソニックの「ユクリア」という浴槽用手すりです。

浴槽の後方に取り付けた浴槽用手すり「ユクリア」

浴槽の縁を挟み込んで固定するタイプで、工具はほとんど不要。ネジを締めるだけなので、誰でも取り付けられます。私も自分で購入し、自分で付けました。

浴槽の縁を挟み込んで固定している手すりの取り付け部


写真のように、縁を上下から挟んで締め付けるだけの構造です。

■ただし、必ず事前に確認してください

・ユニットバス用と、そうでないタイプがあります
・そもそも取り付けられない浴槽の形状があります(縁の幅・厚み・形状が合わないと固定できません)

必ず、自宅の浴槽の縁の幅と厚みを実測してから選んでください。「買ったけど付かなかった」が一番つらいので。

■そして、これが一番伝えたいことです

浴槽用手すりは、介護保険の対象になります。

私はそれを知らずに、自腹で3万円を出して購入しました。

福祉用具には「購入費支給」の対象になるものがあり、条件を満たせば自己負担は大きく減ります。ただし購入前の相談・手続きが前提で、先に買ってしまうと対象外になるケースがあります。

まず、ケアマネジャーに相談してください。私と同じ失敗を、してほしくありません。

なお、介護保険を使うにはまず要介護認定が必要です。まだ申請していない方は、[要介護認定の申請方法と流れ【6ステップで解説】] に手順をまとめてあります。認定を受けていれば、福祉用具の相談もケアマネジャー経由でスムーズに進みます。

6|1ヶ月のトレーニング ― 最初の3回は、一度も跨げなかった

頻度:3日に1回/期間:約1ヶ月/条件:お湯を張らず、服を着たまま

いきなり実戦はしません。濡れていない浴槽で、動作だけを体に覚えさせます。

まず決めることは2つ。

  1. どこを、どういう風に手すりにつかまるか
  2. 足の位置、そしてどちらの足から跨ぐのか

そして、正直に書きます。最初の3回、母は一度も浴槽を跨げませんでした。

失敗①|膝から上が、上がらない

あるとき、メジャーで測ってみました。

浴槽の縁:45cm
母の膝の高さ(立った状態):40cm

5cm足りない。

数字にした瞬間、すべて腑に落ちました。母は怠けていたのでも、怖がっているだけでもない。物理的に届いていなかったのです。

しかも、5cmを埋めるには股関節をそれ以上に持ち上げる必要があります。3年間まったく使わなかった動きで、です。

足首も、ふくらはぎも動く。けれど、膝から上がまったく上がらない。

原因ははっきりしていました。3年間、その動きをしてこなかったからです。使わなかった関節と筋肉が、そのまま固まってしまっていた。

「浴槽を跨ぐ」という動作は、実は股関節を持ち上げる動きです。歩けていても、跨げるとは限らない。ここに気づくまで、3回かかりました。

失敗②|力づくでやって、痛がらせた

上がらないなら、上げてもらうしかない。そう考えて、私が母の足を持ち上げました。

結果、こう言われました。

「痛い」
「水で濡れてたら滑って怖い」

反省しかありません。私は「跨がせること」が目的になっていた。母にとっては、痛みと恐怖の再生産でしかなかったのです。

しかも、なんとか跨げた日に、こう言われました。

「無理して入るの、怖い」

一番聞きたくない言葉でした。

成功しても、怖いままなら意味がない。

ここで方針を変えます。

改善①|「足を上げる」のをやめて、「膝を乗せる」に変えた

高く上げようとするから、上がらない。ならば、上げる高さそのものを減らす。

そこで、こうしました。

※動作が分かりやすいよう、筆者が同じ姿勢を再現しています。

  1. 手すりを持って右膝を浴槽の淵にのせる
私が見本でやっております
  1. 膝を支点にして織り込む様な感じ
  1. 膝を支点にしたまま滑り込ませる感じ

4.そのまま着地

右足を少し奥に置き、左足も右足と同じ要領でおこなう。

膝を縁に乗せてしまえば、足を5cm持ち上げる必要はありません。必要なのは、膝を「前に出す」動きだけ。縁が中継地点になり、足りない5cmを埋めてくれます。

股関節の可動域が足りなくても、これなら届く。

正直、まだ強引です。それでも「痛い」とは言われなくなりました。

改善②|手すりの位置を、前から後ろへ

最初、手すりは浴槽の前方に付けていました。入る方向にあるのだから、前だろうと。

これが間違いでした。

前方だと、浴槽から立ち上がる時にスムーズにいきません。

後方に付け替えたところ、立ち上がる時に足を折りたたみ後方に重心があり、そのまま手すりから力が伝わりスムーズに立ち上がる事ができます。

手すりは、「入る方向」ではなく「支えたい重心の方向」に付ける。

これが、1ヶ月で得た一番大きな学びです。

そして、少しずつ

方法を変えてから、動作が形になっていきました。私が支えながらではありますが、母にとって湯船を跨ぐことが「怖いこと」から「いつもの手順」に変わっていったのが分かりました。

7|3年ぶりの湯船

ある程度できるようになった日、実戦に移しました。

母はその日、約3年ぶりに湯船に浸かりました。

母「あぁ、きもちいぃ」

あの幸せそうな顔を、私は忘れることができません。

8|変わったこと

以前は「寒い、寒い」と言いながらお風呂に入っていた母が、今はこう言います。

「暑いから、もう出たい」

この一言が、すべての答えだと思っています。

まとめ|同じ悩みを持つ方へ

  1. まず測る — 浴槽の縁の高さと、本人の膝の高さ。我が家は45cmと40cmでした
  2. 足湯から始める — 45度で十分。心理的ハードルが最も低い入り口
  3. 環境を先に整える — 恐怖心の正体は「危険」。安全が確保されると、気持ちが動く
  4. 手すりは介護保険の対象 — 買う前に必ずケアマネジャーへ。私は3万円を自腹で払いました
  5. 手すりは浴槽の縁は実測してから選ぶ — 付かない形状があります
  6. お湯なし・着衣で練習する — 濡れた浴室での失敗体験を作らない
  7. 最初は跨げなくて当たり前 — 3年動かしていない股関節は固まっています
  8. 足を上げるのではなく、膝を縁に乗せる — 必要な可動域が減ります
  9. 手すりは後方に — 体を引きつけて、重心を後ろに残す
  10. 力づくは逆効果 — 「痛い」「怖い」を作ったら、そこで振り出しに戻ります
  11. 本人が納得できる方法を選ぶ — 正しさより、続けられるかどうか
  12. 焦らない — 1ヶ月かけていい。3日に1回でいい

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※本記事は個人の体験記録です。体調や骨折部位によって適否は大きく異なります。実施前には必ず、主治医・理学療法士・ケアマネジャーにご相談ください。

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